大阪地方裁判所 平成8年(ワ)2708号 判決 1996年10月31日
原告
株式会社和光企画
右代表者代表取締役
藤本亮
右訴訟代理人弁護士
早川良
被告
三喜商事株式会社
右代表者代表取締役
堀田康彦
右訴訟代理人弁護士
今中利昭
同
岩坪啓
同
村林隆一
同
吉村洋
同
浦田和栄
同
松本司
同
辻川正人
同
深堀知子
同
田辺保雄
同
南聡
同
冨田浩也
同
酒井紀子
主文
一 被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文と同旨。
第二 事案の概要
本件は、原告が抵当権の物上代位に基づき別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の地下一階店舗部分(以下「本件店舗」という。)の賃料債権を差し押さえたとして、第三債務者である賃借人の被告に対し右賃料の支払を求めた事件である。
一 前提事実(争いがない事実、乙第一ないし第六号証、証人米田英樹の証言、弁論の全趣旨により認められる事実)
1 訴外株式会社グランプラス(以下「訴外会社」という。)は、昭和六二年八月二〇日、株式会社サンキファッションサービス(以下「サンキファッションサービス」という。)に対し、以下の約定で本件店舗(床面積201.37平方メートル)を賃貸し(以下、この賃貸借契約を「本件賃貸借契約」という。)、サンキファッションサービスは、右同日、訴外会社に対し、保証金の名目で一億五二五五万三〇〇〇円を差し入れた(以下、この金員を「本件保証金」という。)。
(一) 賃料 サンキファッションサービスの売上月額が一九五二万六七八〇円までの場合、月額一五六万二一四〇円
右売上月額が一九五二万六七八〇円を超える場合、一五六万二一四〇円に右超過額の二パーセントを加えた額
(二) 期間 二年間、但し、期間満了から六か月以前に申し入れのない場合は、二年間を期間として更新され、以後も同様とする。
(三) 本件保証金の返還時期等
本件賃貸借契約が終了し本件店舗を明け渡した後一か月以内に返還するが、返還時においてサンキファッションサービスが訴外会社に対し本件賃貸借契約に基づく債務を負担している場合は訴外会社はその債務を控除して返還する。
2 サンキファッションサービスは、平成元年三月一七日、被告に対し、本件賃貸借契約上の賃借人の地位を譲渡した。
3 原告は、平成三年九月一〇日、訴外会社(平成三年八月一日に「株式会社グランアソシエイツ」に商号変更)に対し、金五〇〇〇万円を貸付け、平成四年五月二五日、本件建物につき右の貸金債権を被担保債権とする抵当権の設定を受け(以下「本件抵当権」という。)、同年六月一七日、本件建物につき本件抵当権の設定登記(大阪法務局今宮出張所同日受付第九二〇二号)がなされた。
4 訴外会社は、平成五年九月二五日、2の賃借人の地位の譲渡を承諾するとともに、被告との間で、同年一〇月分以降の賃料を月額一九五万円(消費税別)(当月分を当月一〇日までに支払う。)と変更する旨の合意をした。
5 被告は、平成五年一二月二八日、訴外会社との間で、本件賃貸借契約について、以下の合意をした。
(一) 訴外会社は、被告に対し、本件賃貸借契約による一億三七二九万七七〇〇円の本件保証金の返還債務があることを確認する。
(二) 訴外会社が手形小切手の不渡事故を生じさせたときは、訴外会社は(一)の保証金返還債務の期限の利益を喪失する。
(三) (二)の場合、被告は、訴外会社に対する賃料債務をもって対当額で(一)の保証金返還債務と相殺できるものとし、訴外会社はこれに異議を述べない。なお、(一)について、訴外会社と被告は、平成六年八月一八日、本件賃貸借契約の存続期間が一〇年を超える場合に訴外会社が負担する本件保証金の返還債務の額が一億五二五五万三〇〇〇円であることを確認する旨改めて合意した。
6 訴外会社は、平成六年八月四日、小切手不渡事故を生じさせた。
7 訴外会社は、平成六年九月二六日、訴外栄芳開発株式会社(以下「栄芳開発」という。)に対し、本件建物の所有権を譲渡し、その旨の所有権移転登記(厳密には持分一〇〇〇分の一の移転登記と持分一〇〇〇分の九九九の移転登記)がなされ、栄芳開発が本件賃貸借契約の賃貸人の地位を承継した。
8 被告は、別紙相殺一覧表のとおり、平成六年九月二四日以降毎月、訴外会社あるいは栄芳開発に対し、前記5(二)の合意に基づき、本件保証金の返還債権を自働債権として各月の賃料債権(消費税込みで月額二〇〇万八五〇〇円)とその対当額において相殺する旨の意思表示をした(以下、これらの相殺の意思表示を合わせて「本件相殺の意思表示」という。)。
9 原告は、本件抵当権の物上代位に基づき、栄芳開発を所有者兼債務者として栄芳開発が被告に対して有する別紙差押債権目録記載の本件店舗の賃料債権一〇〇〇万円(以下「本件債権」という。)につき、平成七年三月一六日、大阪地方裁判所に対し債権差押命令を申立て(平成七年ナ第七四九号)、同裁判所から同月二七日債権差押命令が発せられ(以下、この命令を「本件命令」という。)、その命令正本は栄芳開発に対し同月三〇日に、第三債務者である被告に対しては同月二九日にそれぞれ送達された。その後、原告は栄芳開発に対する本件命令送達から一週間を経過した後である平成八年三月一六日に本件債権(具体的には本件命令送達後に支払期が到来する同年四月分以降の賃料債権合計一〇〇〇万円)の弁済を求めて本訴を提起した。
二 争点
1 原告の主張
(一) 原告は、本件命令に基づき本件債権につき取立権を有するから、被告に対し本件債権の弁済として金一〇〇〇万円の支払を求める。
(二) 後記2の被告の相殺の主張は争う。
本件保証金の全部あるいは少なくともその一割(約一五〇〇万円)を下らない部分は敷金としての性質を有するものである。そして、敷金は、賃貸人の賃貸借契約上の債権を担保するもので、敷金交付の法的性質は停止条件付返還債務を伴う金銭所有権の移転であり、敷金を差し入れた賃借人は右の停止条件が成就することにより敷金返還請求権を取得するものとされ、敷金返還請求権の発生時期については賃貸借終了後賃借物を返還した時にそれまでに生じた被担保債権を控除してなお残額がある場合にその残額につき発生するものとされている。したがって、このような敷金の性質に照らせば、本件保証金のうち敷金の性質を有する部分については被告に返還請求権は発生していないし、前記一5(二)の本件保証金の返還時期の合意も敷金の法的性質に照らし無効である。仮に本件保証金について返還請求権が発生しているとしても本件保証金全額に満つるまで相殺を認めることは他の債権者との関係で著しく不公平な結果となり信義則に反し許されない。
また、原告は、登記された本件抵当権の物上代位に基づき将来の賃料債権を差押えたものであり、この物上代位に基づく権利の行使は抵当権の内容である優先弁済権に由来する。他方、被告の主張する相殺については、担保的機能は確かに認められるものの、あくまで機能に過ぎず担保物権と異なり公示の手段もないから、実体法上、原告の差押が被告の相殺よりも優先することは明らかである。
2 被告の主張
(一) 本件債権は、本件相殺の意思表示により消滅しているから、原告の本訴請求は理由がない。
(二) 本件保証金が敷金としての性質をも有しているとしても、一般に敷金の合意は賃貸借契約の要素ではなく敷金を差し入れない賃貸借契約も有効であるから、本件保証金の返還時期についての前記一5(二)の合意は有効であり、また、本件において相殺が信義則に反すると認められる事情も存在しない。
そして、債権が差し押さえられた場合において、第三債務者が債務者に対して反対債権を有していたときは、その債権が差押後に取得されたものでない限り、自働債権及び受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後であっても右反対債権を自働債権として相殺しうる。仮に、本件で抵当権の優先弁済権が問題となるとしても、被告の主張する相殺も担保的機能を有し優先弁済権が認められるから少なくとも実体法上の優劣関係はなく対抗要件の具備の先後関係で優劣を決することになるが、本件では相殺に関する前記一5(二)の合意が差押の前になされているから被告による相殺が優先する。
第三 争点に対する判断
前記第二の一1の本件保証金の返還に関する合意の内容等に照らすと、本件保証金が敷金としての性質をも有することが認められる。しかし、被告の主張するように敷金は賃貸借契約の要素ではなく敷金を差し入れない賃貸借契約も有効であるから、本件保証金の返還時期についての前記第二の一5(二)の合意も有効であり、前記第二の一6の小切手不渡事故の発生により、平成六年八月四日に本件保証金の返還請求権の弁済期が到来したものと認めることができる。そして、一般に、債権が差し押さえられた場合において、第三債務者が債務者に対して反対債権を有していたときは、その債権が差押後に取得されたものでない限り、自働債権及び受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば、差押後であっても右反対債権を自働債権として相殺しうることは被告主張のとおりである。
しかしながら、本件の差押は登記された本件抵当権の物上代位に基づく差押であるところ、物上代位権は担保物権の優先弁済権に由来し抵当権設定登記により公示され第三者に対する対抗力を具備するもので、物上代位権を行うための差押の趣旨は、差押によって物上代位の目的となる債権の特定性が保持され、これにより物上代位権の効力を保全するとともに、他面右債権の弁済をした第三債務者又は右債権を譲り受け若しくは転付命令を受けた第三者等が不測の損害を被ることを防止しようとするところにある。他方、相殺についてはその担保的機能は肯定されるもののあくまで事実上の機能であって公示の方法もなく担保物権に認められているような優先弁済権までは認められない。これらの点を考慮すれば、抵当権の物上代位に基づく差押の効力の発生以前に第三債務者が反対債権を有していたとしても、差押の効力発生前に相殺適状に達しかつ相殺の意思表示がなされない限り、差押の効力発生と相殺適状に達しかつ相殺の意思表示がなされたのが同時である場合も含め抵当権の物上代位に基づく差押が相殺に優先するものと解するのが相当である。そして、前記第二の一8、9によれば、本件債権と本件保証金の返還請求権が相殺適状に達しかつ相殺の意思表示がなされたのはいずれも本件の差押の効力が発生した以後であり、本件の差押が優先することとなる。
したがって、被告の相殺の主張は採用することができず、原告の本訴請求は理由があるから、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官黒野功久)
別紙<省略>